2006年05月27日

ある朝の出来事

さわやかな朝を切り裂く一筋の叫び声
「誰か!ハンカチを!」
見れば初老の男に抱えられた血まみれの若者
いや憔悴しきったその顔は若者と呼ぶにはあまりにも疲れていた

駆け寄ると次から次へと真っ赤な滴がしたたり落ちている
一緒にいた少女たちが首に巻いていたバンダナを差し出す
それは本当ならば大切な思い出としてしまわれるはずのもの
でも目の前で痛んでいる人を見捨てることはできなくて
彼女たちは自分の一番大切なものさえ投げ出した

血に染まるバンダナ…それは確かに愛の象徴
人間だけに許された尊い絆の確かなしるし

救急車を呼び 警察を呼ぶ
…警察…
そう それは単なる事故ではなかった
傷ついた男が言う
「母親を…母親を助けてください…」
聞けばその交差点から程近いマンションの一室でその凶行は起きたのだという
傷ついた人間はもう一人
傷つけたのは誰なのか…

「妹です」

そこにいた誰もが言葉を失った
最も深い絆で結ばれているはずの
家族が家族を傷つけたのだ

男が指差したマンションに僕らは向かった
オートロックの前で僕らは警察の到着を待つ
心の中には言いようのない悔しさが渦巻く
マンションの中には 恐らくその妹だろうと思われるわめき声が響く…
警察官がふみこんでゆく
やがて連れ出される若い女と
その後に続く担架に横たわった初老の女
「命に関しては…わかりませんね。もともと病気を抱えているようですし」
若い警察官が教えてくれた
祈るしかない僕たちは走り去る救急車を見送った

一体その家族に何が起きたのか
病身の母親をなぜ傷つけなければならなかったのか

最初の傷ついた若者の足には包帯が幾重にも巻かれていた
おそらくは以前にも同じようなことがあったのだろう
マンションの住人が事件を聞いてつぶやいた
「ああ、あそこの家はおかしな家だから…」
「もともとあの娘さんはおかしかったのよ…」
突き放したようにこぼれた言葉が痛かった

同じ建物の中に住んでいても
人の心はこんなにも遠いものなのか
涙ひとつも流れない
痛みも傷も伝わらない
無関心によって生まれた空白地帯で
怒りと憎しみは増幅され
やがて恐ろしい刃となって
家族という絆を切り裂いた
…過酷な現実

その日もその翌日も
新聞を見てもネットを調べても
この「小さな」事件のことは書かれなかった
おそらくはその母親は一命をとりとめたのだろう
この「小さな」事件のことは誰に知られることもなく
ひっそりと時の流れの中に消されてゆくのだろう

「小さな」事件

娘が親に 妹が兄に切りつけたそれは「小さな」事件
きっと話題にもならないほど
今の日本はそんな「小さな」事件で溢れかえっているのだろう
連日のように報道される殺人事件
親子が 兄弟が 夫婦が殺しあう
いつの間にか麻痺していないか
ありえないほどの悲劇があたりまえのことになりつつある
私達のこの国…

せめて血染めのバンダナだけは忘れずにいよう
実の妹に切り裂かれた傷を救ってくれたのは
それまで出会ったこともない少女たち

人の心の中には確かに愛も住んでいる
憎しみや怒りや悪意を乗り越えて
すべてを癒すことの出来る愛が住んでいる
せめてそれだけは忘れずにいよう
そして信じ続けていこう
小さな善意や愛が積み重なって
再び私達の国は家族になると
争いあう世界もいつかはきっと家族になると

静けさを取り戻した朝の町を僕たちは再び歩き出す
絶望と希望の両方を固く握り締め
未来を決めるのは紛れもない僕たちの一歩一歩だと
共にいた一握りの若者たちと
言葉にならぬ心の声で分かち合いながら
それぞれの一日に向かって歩き始めた

走り去る救急車のサイレンと 幾重にも巻かれた包帯と
血染めのバンダナを胸に抱いて…
バンダナ01up のコピー.bmp5月21日の早朝、若い友人たちと一緒に歩いていた時、この悲しい事件に遭遇しました。その直前まで、国際交流をかねたPartyを行い、他国の人達と親睦を深めながら、人の絆の素晴らしさを再確認したばかりだったので、その衝撃は言葉にならないほどでした。
書くべきか、書かざるべきか迷ったのですが、今朝Junsoraさんのある詩(http://junsora02.blog59.fc2.com/blog-entry-90.html)に触れていろんな思いがあふれてきて、一気に書き上げてしまいました。
推敲もなにもなく、思いのままに書いた文章です。そのまま、載せました。
posted by 銀河ステーション at 09:20| Comment(9) | TrackBack(0) | 詩:未来と平和のための祈り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
大変なことがあったのですね。
どれが大きくどれが小さいのか…
事件の「大きさ」がだんだんわからなくなってしまいそうです。
メディアに載らないところでも、日々それは起きているのですね。
Posted by junsora at 2006年05月27日 09:55
 
 善意  いのうえ つとむ

騒然とした社会・・
殺人事件だけが取り上げられる
報道・・
それがまた波紋のように広がって
また新たな事件

貝が閉じて
中の身が見えないように
・・・・
小さな善意の人たちの優しさは
あるのか
無いのか分からない

けれども
騒然とした社会・・
にも
優しい善意の人たちがいる

人の心も
悪がはびこる時代だけれど
誰の心にも
善意の心がある

それを信じて
今日も
明日も
希望を持って生きよう

銀河ステーションさんの「ある朝の出来事」に寄せて
Posted by でんどう三輪車 at 2006年05月28日 07:06
 こんにちは。
 世の中は、世界はこんなに広いはずなのに、実際、私たちが住んでいる『世界』は何とも狭く、閉鎖的なんだろうと感じます。
 痛ましい事件が続きますね。恐らく、銀河さんや私が子供の頃というのは、こうした命に関わる事件というのは、社会を揺るがすほどの大事件だったと思います。
 ですけれど、今はどうでしょう? 大多数の中の一つのように、そんな扱いになってしまう事件の方が、多い気がします。
 自分と接点がないものは、自分とは関係ない。ある意味、目を背けることで自己防衛を図っている。ネットなどの仮想空間ではつながりを持ちたくても、現実世界では個々でありたい。
 この作品を読んで、色々と考えてしまいました。
Posted by 篩'Jim_a_e'獅師 at 2006年05月28日 16:22
銀河ステーションさん

 大変なことに出会ったんですね おっしゃる通り 日本は今 悪い面のアメリカを追い掛けています でもバンダナのお話のようないいお話も 中にはあると信じましょう それしか生きる道がありません 5年前新大久保駅頭で 線路に落ちた日本人がいて それを助けた韓国人留学生がいました でも彼は死にましたね つい最近同じ新大久保の駅の同じ場所で 同じように韓国人留学生が 今度は死なずに 女性を助けたそうです 以前亡くなった韓国人の霊魂が助けたのでしょうね これもニュースにはならなかったけれど きっといいこともあると思おう 何か根本的な治療法を見つけるまでは そう信じて頑張るしかありません 
Posted by 櫻灯路 at 2006年05月28日 18:20
銀河ステーションさんのを拝見して「小さな善意」を感動して書きましたが・・有り難うございました。異論があるので・「贈る」という言葉をはずしましたが・・気持は贈らしていただきますね。

櫻灯路さんのお話・・昨日のようによみがえってきます・・自分が直面した時出来るだろうか?と何度も自問しました・・足がすくんでしまうと思います・・それだけに凄い青年だと思いました・・また同じことが起きたのですね・・そして助かった・・キット前の青年が守ってくれたんですね。
悪い事件の陰に・・善良な人たちが一杯いる・・
それを信じて生きたいですね。

櫻灯路さんどこかお体が悪いのですか?お大事にして下さいね。

Posted by でんどう三輪車 at 2006年05月29日 09:12
たくさんの事を考えさせられる出来事との遭遇ですが
自然と差し出されたバンダナに込められた気持ちを思うと
世の中って全てが荒んでいるのではない事を感じ
ショッキングな事件の中にも心が救われました。
Posted by ゆうた at 2006年05月29日 23:40
みなさんコメントありがとうございました…。
少々ネット環境の悪いところに行っていたのでお礼が遅れて申し訳ありません。

>junsoraさんへ
ええ、大変でした!
僕なりに、あらためて事件の「大きさ」というものについて考えてしまいました。
どんなに小さく見える事件でも、そこに関わる人間にとってはやっぱりとても深刻で、第三者的立場に立ってしまっているからこそ、大きいとか小さいとか評価してしまうのでしょうね…。
一体どこまでが当事者でどこからが第三者なのか…。
世界の果てで飢えて死んでいく人のことさえ当事者と感じる人がいれば、そういう人のことを「聖人」と呼ぶのでしょう。僕にはまだまだ遠い境地です。
Posted by 銀河ステーション at 2006年05月31日 00:40
>でんちゃんさんへ
お気持ち、しっかりと受け取らせていただきました。素敵な詩とあわせ、本当にありがとうございました。
本当に信じて頑張りたいです。
でも、でんちゃんさんのブログに集まる人達は優しさにあふれた方が多いですね。
僕にとっての心のオアシスの一つです。これからもよろしくお願いしますね。

>篩'Jim_a_e'獅師さんへ
ほんとに…。僕たちが小さい頃(おそらくほぼ同世代かな)、一人でも全然平気で幼稚園に通っていましたね。
今、上の娘が幼稚園に通うようになりましたが、家の近くまでバスで送ってくれているにもかかわらず、不安の種はつきません。
何か、自分にできることはないか…。いろいろ考えさせられる毎日です。
Posted by 銀河ステーション at 2006年05月31日 00:47
>櫻灯路さまへ
新大久保の出来事…、僕も友人から聞いて感動しました。おなじ場所で、しかも同じ韓国人留学生とは…。なにか意味があることなのでしょうね。
根本的な治療法、見つけ出したいですね。

>ゆうたさんへ
『ショッキングな事件』…、確かにショッキングだったので、記事にしようかどうか迷いました。
ほんとは、前向きなことをたくさん書きたいのですが…、どうしようもない衝動にかられて思わず書いてしまいました。
『えがおのたね』の花たちのように、優しい癒しを与えてくれる、そんな出来事がたくさんあるといいなと心から思っています。



みなさん心のこもったコメントをありがとうございました。これからもよろしくお願いします。
Posted by 銀河ステーション at 2006年05月31日 00:54
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