2006年10月01日

手をのばしたら…

まっすぐに見つめる瞳
そっとさしのべられた手…

hand up.bmp

君の視線の先には 世界
さしのべられる手を待ちわびる寂しい心たち…

飢え乾いているのは
決して灼熱のアフリカの大地だけでなく

すぐ隣にあるうつむいた横顔や
睨み付ける 少年の …瞳









心の貧しさから来る、いろんな悲しい事件が次から次へと報じられる中で、マザー・テレサの次のような言葉が思い出されました。

豊かそうに見えるこの日本で、心の飢えはないでしょうか。
だれからも必要とされず、だれからも愛されていないという心の貧しさ。
物質的な貧しさに比べ、心の貧しさは深刻です。
心の貧しさこそ、一切れのパンの飢えよりも、もっともっと貧しいことだと思います。
日本のみなさん、豊かさの中で貧しさを忘れないでください。(マザー・テレサ)


1981年に語られた言葉。
25年以上も経ったけれど、いまだに解決されていない宿題…。

誰かが…。いいえ、まずは僕自身から。
決して見て見ぬふりをしないで、すぐそばにある悲しみに手をさしのべることができるように…。


posted by 銀河ステーション at 19:01| Comment(4) | TrackBack(0) | 詩:未来と平和のための祈り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんワ☆彡
「手を差し伸べる」…
ただそれだけのことなのに、それがすごい力になったりします。
ただそれだけのことなのに、勇気を持てずに出来ないときもあります。
とっても簡単だけど、とっても難しい。
こんな世の中になったけれど、負けたくないですね。
きっとこんな世の中だからこそ、
心というものは本当に繊細で美しい…
そういう事に気付けたのかもしれませんね。
Posted by えりきん at 2006年10月02日 00:00
貧しい心にはどれだけの愛を注げば
満たされるでしょうか

病んだ心にはどれだけの愛を捧げば
癒されるでしょうか

満たされることを知っているでしょうか
癒されることを知っているでしょうか

Posted by 十萌 at 2006年10月02日 10:40
>えりきんさん
コメントありがとうございます!

「こんな世の中だからこそ…気付けたのかも」
悲しいけれど、確かにそうかも知れませんね。
僕も基本的には勇気のない人間です。わかっていてもできないことが余りにも多すぎて…。

ある意味では、自分を勇気づけるために書いているようなものですね。
Posted by 銀河ステーション at 2006年10月03日 01:58
>十萌さん

満たされることを知らず、癒されることを知らず…それでも満たされたい、癒されたいと叫ぶ悲しい心。

どうしてあげることもできない痛みを見つめるとき、とてもせつない思いになります。そして、自分の無力さに絶望します…。

それなのに、どうしてあきらめられないんだろう。
Posted by at 2006年10月03日 02:03
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