2010年12月30日

クリスマスの約束2010

12月24日夜に放送された『クリスマスの約束2010』。
毎年、この番組は楽しみにしているが、今年も、また期待にたがわぬ素晴らしい内容に仕上がっていた。

小田和正がホスト役になって、様々な歌い手とのコラボを繰り広げてきたこの番組も、今回で10回目。

基本的にメインは小田和正なのだが、この夜はホスト役としてStardust Reviewの根本要と、スキマスイッチの大橋卓哉も名前を連ねていた。そのほかの出演者は以下の通り。

JUJU
山本潤子
玉木千春(Kiroro)
松たか子
清水翔太
キヨサク(MONGOL800)

ところで、この『クリスマスの約束』は、とっても不思議な番組…。

実は、僕はArtistの好き嫌いが激しい方で、波長のあう一握りのArtistのほかは基本的に見向きもしない。それなのに、この番組に出演してしまうと、普段はまったく受け付けないタイプのArtistですら、なんだか「あ、意外といいじゃん」と思えてしまうのだ。

そして、実際、出演者たちは他の歌番組などで見るよりもかなり良いPerformanceを見せてくれる。

どうしてだろう?

ずっと疑問に思ってきたが、その秘密は、やっぱり、この番組に込められた小田和正の想いにあるのだと今回気づかされた。

「同じ時代に生きるArtist同士が、もっと互いに愛し尊敬しあっていけるように…」。

人は愛されたり、大切にされたりすると、普段以上の力を発揮する。小田和正の想いをベースにして作り上げられた空間は、自然と出演したArtistたちの本来の力を引き出すのだろう。

コ・アクティブ・コーチングで言うところの「安全で勇気づけられる場」といったところか。とにかく、一つ一つのPerformanceのクオリティーが半端ないのだ。 

特に、今回心に響いたのは、Kiroroの『未来へ』『長い間』のメドレー、松たか子の『500マイル』、清水翔太の『君が好き』、そして小田和正の『My Home Town』だ。

それぞれの持ち歌や、想い出の歌を、全員でコーラスしながら大切に紡いでいく。昨年の壮大な『22分50秒』の大メドレーも素晴らしかったが、今年のPrivate Live的なアットホームなのりも、なかなかどうして素晴らしかった。

来年はどんなコンセプトになるのだろう?今からとっても楽しみなのである。
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2007年04月24日

離れて暮らす母へ… コブクロの『蕾』

最近すごく好きな歌。

涙こぼしても 汗にまみれた笑顔の中じゃ
誰も気づいてはくれない
だから あなたの涙を僕は知らない

絶やす事なく 僕の心に灯されていた
優しい明かりは あなたがくれた理由なき愛のあかし…

コブクロの『蕾』。主題歌になっていたドラマは見ていないけれど、母親の愛情を描くこの歌詞は何度聞いても心に響く。

いくつになっても、注がれた愛の深さは本当の意味ではわからないのだろうな…と思う。
身長も、勉強の点数も次々に親を追い越していったけれど、年齢だけは絶対に追い越せない仕組みになっているのは、とても不思議なこと…そしてすごく素敵なこと。

親は永遠に親で、子供は永遠に子供。自分が子供を産んで育てる親になっても、親になった子供を見つめる親の気持ちは、もっと深くなっている。

愛情においては、きっといつまでも親は先輩で、その後姿を通していつまでも、更に深い愛情を教え続けてくれるのだろう。

たとえこの世からいなくなってしまっても、その愛情はずっと変わらずに僕を見つめ続けてくれるはず。

まだ、生きていてくれることがどれほどかけがえのないことか。
今はわけあって、遠く離れているけれど、明日は僕のたったひとりのかけがえのない母の誕生日。『おめでとう』のかわりに、すぐそばで肩をもんであげるかわりに、してあげられることは何だろう…。


少しでも立派な人間になって、少しでも注いでくれた愛情の価値を感じさせてあげたい。注いでくれた涙や苦労の結実が今の僕だから…。産んで育ててよかったと思ってもらえるような自分になろう。


この歌を聞くたびに「頑張ろう」と心から思える。絶対に、負けない。
あなたのために。

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2006年06月28日

『この空を飛べたら』中島みゆき

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櫻灯路さんが加藤登紀子について書いておられた。
そこから連想して、ふと、この歌のことが思い出された。加藤登紀子の歌っているものも勿論いいのだが、この歌に限っては、やはり作り手である中島みゆきの歌ったバージョンの方が心に深くしみてくる。

   空を飛ぼうなんて悲しい話を
   いつまで考えているのさ
   あの人が突然戻ったらなんて
   いつまで考えているのさ…

空を飛ぶという叶わない夢を追いかけて走り続ける人々の姿に、恋に破れた悲しみを重ね合わせながら綴られるこの曲は、誰もが心の奥底に持つ根源的な痛みに触れているがゆえに古びない。

   ああ 人は昔々 鳥だったのかもしれないね
   こんなにも こんなにも そらが恋しい…

イデアに憧れるプラトンの魂のように、地を這いずりながら生きる私達の心の中には、諦めきれない理想の世界への憧れと、求めても辿りつけない嘆きとが共存している。

他にも『ローリング』のように、夢破れた者たちをテーマにした歌が中島みゆきには多い。おそらくは70年代の学生運動盛んなころに歌を歌いはじめたが故に、その闘いと挫折の軌跡が彼女の感性に特別な一章を刻み込んでいるのであろう。

加藤登紀子も然り…である。

80年代後半に思春期を過ごした僕らの世代にとっては、学生運動は、本来ならば遠い昔話のはずである。ただ、過激なセクトに走った一人の友人の存在が、僕の青春時代の思い出に70年代を持ち込んでいる。

ヘルメットをかぶりピケをはり、広島から成田闘争までせっせと出かけていたその友人に、僕は必ずしも賛同的なわけではなかった。そもそも、人間を善悪二種類に簡単に分けてしまうマルキシズムの傲慢にどうしても僕はなじめなかったし、火炎ビンを投げることと、彼らの語る平和との関連が僕にはさっぱり呑み込めなかった。

しかし、表面的な刺激に溺れるバブル期の大半の学生を尻目に、己の信じる理想のためにひたむきに闘う彼の姿は、僕の心に特別な印象をもって刻み込まれた。

サークル団体の代表をしていたこともあり、彼は僕をオルグしようと熱心だった。そんな彼に対抗する意味もあって、僕は哲学や宗教にのめりこみ己の信念を構築しようと必死になった。

…結果的には、その時に出会った様々な思想、歴史上の人物の言葉や生き様が、今の僕自身の価値観を築く基になっている。

イデオロギーの時代は去ったと言われて久しい。しかし、人は心を先立てて生きる生き物である以上、価値観や信念を曖昧にしたまま筋の通った人生を歩むことはできない。

人としての生きる意味を問い、理想の人生や社会のあり方を模索する、そんな機会を持てるのは学生時代を置いて他にはないと僕は考える。社会の風潮故か、それとも現代っ子の気質なのか…、侃侃諤諤の議論もできない今の学生たちはかわいそうだとある意味思う。

革命運動にのめりこんだ特殊な友人との出会いと決別。その間、自分のよって立つべき足場を捜し求めた4年間が、僕にとってのシュトルム・ウント・ドランクの時代であった…。

   飛べるはずのない空 みんな分かっていて
   今日も走ってゆく 走ってく
   戻るはずのないひと 私分かっていて
   今日も待っている 待っている
   
   この空を飛べたら 冷たいあのひとも
   優しくなるような 気がして
   この空を飛べたら 消えた何もかもが
   帰ってくるようで 走るよ…
   
   ああ 人は昔々 鳥だったのかもしれないね
   こんなにも こんなにも 空が恋しい…


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2005年12月08日

コブクロ『ここにしか咲かない花』

「ゆず」が晴れ渡る夏の青空とすれば、「コブクロ」は「雨のち曇り、ところにより晴れ間がのぞくでしょう…」といったところか。

僕のメンタリティーからすれば、どうしても後者の方にシンパシーを覚えてしまう。

人生は決して楽しいことばかりじゃない。むしろ、辛く険しい道を辿ることのほうが多いだろう。そんなとき傍に流れていて欲しい音楽だ。

 何もない場所だけれど/ここにしか咲かない花がある…

そう思って乗り越えていくしかない場所がある。その場所、その時に聴いたなら思わず涙がこぼれるだろう。
でも、そんな時、ふと思い出すのは懐かしい故郷の家族や友達の声、愛され支えられてきた自分であることに気づくとき、明日へと踏み出す勇気が生まれる。

 あの優しかった場所は今でも/変わらずに/僕を待ってくれていますか?
 ふいに込み上げる/寂寞の想いに/潤んだ世界を/拭ってくれる…

 雨上がりの道は泥濘るむけれど/今ここに/生きている証を刻むよ
 どうかこの涙を/しおれかけの花に/喜びの彼方でもう一度咲けるように

心に深く刻まれる歌。いつか古びたとしても、何度も思い出しては口ずさむだろう。

大切な歌がまた一つ増えた。そのたびに未来よりも過去の思い出のほうが大きくなってゆくのだけれど、いつまでも前を向いて、一歩一歩力強く進んで行きたいと思う。

たとえ泥濘んだ道だとしても、ここにしか咲かない花があると信じて。


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2005年12月04日

『THE GARDEN』…相次ぐ幼女殺人事件に想う…

悲しいことばかりが続くこの日々の中で、ふと白鳥英美子の歌声が流れてくる。

『THE GARDEN』

Our World was a garden
How lovely the garden
Red where the roses bloomed
Green where the meadows grew
Sweet was the wine of the fruit
We could share

Now the garden
Chokes in the air
Burned by the sun
Poisoned by rain
Black as the sky
Still we can't understand
Why angels cry
when they gaze at the garden…

(私たちの世界は 愛すべき庭だった
なんとも愛しい庭だった
咲き誇るバラは赤く
広がる草原は緑に輝き
果実酒の甘き薫りも
共に分かち合っていた

今やその庭も
息詰まるような空気と
焼けつく太陽
灰色の空からは汚れた雨が落ちる
天使達がそんな庭をじっと見つめながら
なぜ涙を流すのか
それでも私たちは理解できないでいる…)

広島で、栃木で繰り返される悲しみの日々。
私たちの国はなぜこんなにも荒れ果ててしまったのだろう。
どんなに道端にバラを植えても、美しい音楽を流しても、
子供たちが安心して遊ぶこともできない場所がどうして楽園と呼べるだろう。

一生懸命に働いて、築き上げた豊かさの果てに、
たどり着いたのがこんなにも荒涼とした景色だとすれば、
一体私たちは何のために戦ってきたのだろうか。

「ああ、わたしの頭が水となり、
わたしの目が涙の泉となればよいのに。
そうすれば、わたしは民の娘の殺された者のために
昼も夜も嘆くことができる。」(エレミヤ書第九章)

異邦人に滅ぼされたわけでもないのに、
なぜ、こんなにも愛おしい娘たちが殺されなければならないのか。
遠いエレミヤの嘆きが反響するのは
この国で、私達が、神に背いたからなのか…。

Down Deep in our hearts
We are to blame
For all that we
Wasted away
How many years
How many tears
To make it end
When will the seed of love
Grow in the garden again

(咎められるべきは私達だと
心の奥底で気づきながら
こんなにも荒廃させてしまったのか…
もう終わりにする為には
どれだけ時が経てば
どれだけ涙を流せばいいのだろう
愛の種が実を結び
再びあの庭が戻ってくるのは
いつの日だろう)

…そう、もしかすると私達は気づいていたのかもしれない。
私達自身がどこに向かっているのかを。
たくさんの涙が流されてはじめて
自らが犯した過ちを知る。

咎められるべきは私達すべてなのだと、
戦うべき敵は私自身の中にもあるのだと。

決して勘違いしてはならないだろう。
犯人が捕らえられたとしても、悲劇が幕を閉じるわけではないことを。

「山中の賊を破るは易く、心中の賊を破るは難し」(王陽明)

誰の心の中にも悪魔は宿りうる。
克服することのできる「愛」を取り戻さなければ。

Love could make our world a garden again(詩:Linda Hennrick)
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2005年11月20日

REMEDIOS 『Forever Friends』

(サントラ『打ち上げ花火、下から見るか、横から見るか』所収)


一度は聴いてほしい名曲です。

父親がフィリピンとスペインのハーフ、沖縄出身でアメリカンスクールに通っていた彼女の音楽は、軽やかに国境線を越えていく普遍性をもっている。

事実、彼女が手がけた『Love Letter』のサントラは、日本でよりも韓国で熱心なファンを獲得し、日本ではそれほどメジャーとはいえない彼女のベスト版まで韓国限定で発売されたらしい。

「日本人」とは限定できない。敢えて言うなら『REMEDIOS KINGDAM』の住人と言うべきか。
彼女の音楽には、個人や国家、様々なレベルでのエゴをぶつけあう傷ついた世界を癒す力がある。

『平和への祈り』これが彼女の音楽にこめられたkeyword。僕は勝手に思っている。

このサントラに入っている作品は全部好きです。




posted by 銀河ステーション at 00:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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